1. 今日の対象
シャルロット・ペリアンの「第二の顔」。
Vol.1でその人物と思想を、Vol.2でLC4の観察方法を整理しました。今回はペリアンのキャリアの転換点——1940年の来日と、その後のベトナム滞在——に焦点を当てます。
クロームメッキのスチールチューブから竹へ。ガラスと金属から籐と木へ。この転換を知らずにペリアンを語ることはできません。そして、この転換こそが今日の市場でペリアン単独作品への評価が高まっている理由の一つでもあります。
2. なぜ今これを見るのか
ペリアン3部作の締めくくりとして、この転換を扱うことには理由があります。
ノスタルジー投資の文脈でインテリアを観察するとき、「機械の時代の美学」と「自然素材の美学」は対立するものではありません。ペリアンはその両方を生きた人物です。1927年のバー・スー・ル・トワ(クロームとガラス)から、1940年代以降の竹・籐・木の仕事まで、一人のデザイナーが同じ「人間の生活のための家具」という思想を、異なる素材で追求し続けました。
市場においても、この転換後の自然素材期の作品——タブレ・ベルジェ(羊飼いのスツール)、東京シェーズロング、ニュアージュ(雲)の本棚——は独自の評価軸を持ち、LC4とは別の文脈で語られます。
3. 何が価値を作っているのか
1940年——商工省の招聘
Vol.1でも触れたように、1940年、ペリアンは商工省の招聘を受け、輸出工芸指導顧問として来日します。日本の工芸を輸出産業として発展させるための助言が主な役割でした。
しかし来日した彼女が受けた衝撃は、業務の範囲をはるかに超えていました。日本の工芸——木、竹、藁、籐——が持つ精度と静けさ。無駄のない収納の美学。空間を満たすのではなく、空間を生かす家具の思想。使われていないときは押し入れに収める、という日本の生活習慣まで、彼女の目に深く刻まれました。
この滞在を通じて、1941年には東京・大阪の高島屋で展覧会「選擇・傳統・創造」(現代表記:選択・伝統・創造)を開催しています。正式には「ペリアン女史 日本創作品展覧会 2601年住宅内部装備への示唆」とされる展覧会で、日本の伝統工芸とペリアンのデザインを対話させる試みでした。日本の工芸に圧倒されながら、同時に自分のデザイン言語との接点を探っていた時期です。
フランス領インドシナへ——戦中の数年間
戦争によって欧州への帰路が閉ざされ、ペリアンは1943年頃から1946年まで、当時のフランス領インドシナ(現在のベトナムを含む地域)に滞在することになります。意図した滞在ではなく、戦争がもたらした偶然の停留でした。
しかしこの戦中の数年間が、彼女のデザインを決定的に変えます。インドシナでの生活を通じて、木工、編み、籐、現地で利用可能な素材と技法への理解を深めていきました。手仕事の精度、素材の柔軟性、量産との両立可能性——これらへの視点が深まっていきます。
東京シェーズロング——LC4の「自然素材版」
帰国後ではなく、1940年の東京滞在中にペリアンは竹を用いたシェーズロングを構想しました。LC4をクロームスチールではなく竹という素材で再解釈する試みでしたが、当時は製品化されませんでした。この構想は2011年にカッシーナが「東京シェーズロング(Tokyo Chaise Longue)」として初めて製品化しています。
これはLC4の直接的な応答です。クロームメッキのスチールチューブが竹に置き換わっている。フレームの構造は同じ思想を持ちながら、素材が全く異なる。「東洋でLC4を再考した」と見ることもできますし、「LC4という解答を別の素材で検証した」と見ることもできます。
1stDibsでは、カッシーナが2011年に製品化した東京シェーズロングが、1万ドル前後〜2万ドル台の出品例が確認できます(出品価格ベース)。LC4と並べたとき、同じ設計者が同じ「休養の為の機械」という思想を、異なる文化的背景から再解釈したことが見えてきます。
タブレ・ベルジェ(羊飼いのスツール)——1953年のデザイン
タブレ・ベルジェ(Tabouret Berger)は、1953年にペリアンがデザインした木製スツールです。アルプスの羊飼いが使う搾乳用スツールに着想を得た作品で、1955年の東京展「Le Corbusier、Fernand Léger、Charlotte Perriand 三人展」で初披露されました。無垢材を用いた三本脚の低いスツールで、山の牧草地で使われる素朴な椅子を起点にしています。後年のペリアンの山岳リゾートへの関心とも響き合いますが、レザルク・プロジェクト(1967〜1982年)より前に生まれた作品です。
カッシーナが現在も製作しており、ヴィンテージのSteph Simon取扱い個体は、状態・材・サイズ・来歴によって数千ドル後半から1万ドル台以上まで幅があります。
ニュアージュ(雲)の本棚——桂離宮の違い棚から生まれた
1952年に設計されたニュアージュ(Nuage)の本棚は、日本滞在の影響が最も直接的に現れた作品のひとつです。ペリアンが京都・桂離宮で目にした「違い棚」——雲のように壁面に浮かぶ非対称の棚の構成——から着想を得たモジュール式収納システムです。
開いた棚と閉じた扉が雲のような非対称のパターンを作る。左右対称ではなく、バランスを崩しながらも均衡している——この構造は、桂離宮の違い棚が持つ「間」と「余白」の美意識と響き合っています。
カッシーナが2012年に復刻しています。1stDibsではオリジナル(Steph Simon版)が出品されており、状態・構成によって価格は大きく異なります。
4. 今の相場感
東京シェーズロング(竹)——カッシーナ2011年製品化版
1stDibsでは、カッシーナの東京シェーズロングが1万〜2万ドル台の出品例が確認できます(出品価格ベース)。1940年の構想から2011年に初めて製品化されたものであり、「復刻」より「初製品化」と理解する方が正確です。
タブレ・ベルジェ——Steph Simon版オリジナル
1stDibsでは、Steph Simon扱いのヴィンテージ個体が数千ドル後半〜1万ドル台以上で出品されており、状態・来歴・サイズによって大きく変動します。カッシーナの現行Tabouret Bergerは税込¥209,000で掲載されています。本物かどうかの確認には、Steph Simonでの販売来歴・購入記録・ギャラリー資料・文献照合・構造と材と経年の確認が重要です。表示や刻印がある場合でも、それだけで判断せず、専門家の意見を仰ぐことを勧めます。
ニュアージュ(本棚)——Steph Simon版
オリジナルのSteph Simon版は状態・モジュール数によって価格が大きく変わります。なお、ペリアンのモジュール式ブックケース・壁面収納の高額例として、PhillipsではMaison du Mexique由来の「Mexique」ブックケースがHK$2,222,500で成立した記録があります。カッシーナの現行Nuageは構成によって大きく異なりますが、日本公式価格ではブックシェルフ本体が300万円台からと掲載されています。
ペリアン作品全体の市場傾向
2018年のSotheby’s Parisでは、マニク・バーグ宮殿由来のチェーズロング・バスキュラントが405,000EURで売れたと報じられています。ペリアン単独作品への評価は近年継続的に上昇しており、来歴・Steph Simon版の販売記録・カッシーナ正規の認証マークの有無が価格を左右します。
5. 何を観察するべきか
「どちらのペリアンか」を確認する
市場に出るペリアン作品は大きく二つの時代に分かれます。LC4・LC1・LC2の三者共同制作期(1928〜1937年頃)と、自然素材・単独制作期(1940年代以降)。どちらの作品かを把握することが、観察の出発点です。
Steph Simonの表示を確認する
タブレ・ベルジェ、ニュアージュ、その他の1950〜60年代作品は、多くがSteph Simonによって販売されました。このギャラリー名の表示がある個体は、制作時期・来歴の確認がしやすくなります。ただし模倣品も多く流通しているため、Steph Simonの表示だけで判断せず、専門家の意見を仰ぐことが重要です。
カッシーナ版の製品化年と型番を見る
ペリアン作品はカッシーナが継続的に製作しています。東京シェーズロングは1940年の構想を2011年に製品化したもの、タブレ・ベルジェは1953年デザインの2011年カッシーナ版、ニュアージュは1952年デザインの2012年カッシーナ版です。製品化年と型番を確認することが、正確な評価の前提になります。
素材の転換を文脈として読む
ペリアンの竹・籐作品を見るとき、それが単なる「自然素材の家具」ではなく、日本とベトナムでの体験から生まれた思想的な転換の産物であることを知ることで、その椅子の見え方が変わります。素材は変わっても、「人間の生活のための家具」という核は同じです。
6. コレクションとして持つ意味
高校生のとき、祖父からロレックスのオイスターパーペチュアルデイトをもらった。特別高価なものではなかったけれど、ずっと手放さなかった。売ろうと思ったことも、正直ある。でも手放せなかった。好きだったから。記憶があったから。
ペリアンが1940年に日本で見たものを、僕たちは今も日常の中に持っています。押し入れに収める暮らし、竹の手触り、藁や籐の編み目——それは日本に長く生きてきた記憶のかけらです。
ペリアンはそれを外から見て、驚き、自分のデザイン言語に取り込みました。彼女の竹のシェーズロングを手元に置くとき、それはペリアンの目を通して見た東洋の美意識を、もう一度こちら側から受け取ることでもあります。
コレクションとして持つ意味は、そういう往復運動の中にあります。
7. まとめ
ペリアン3部作を通じて、三つの観察軸が積み上がりました。
誰の名前で語られているか(Vol.1)。スタンプと来歴で何を確認するか(Vol.2)。素材の転換をどう読むか(今回)。
ペリアンは日本滞在以前から、山岳・木材・民具的な造形にすでに関心を向けていました。日本とフランス領インドシナでの経験は、その関心を決定的に深めた転換点として位置づけるのが正確です。「機械の時代」から「自然素材」への移行は、一夜にして起きたのではなく、彼女の思想の延長線上に東洋の経験が重なった結果でした。
この三つで見ると、P2P市場や国際ディーラー市場に出るペリアン作品の見え方が変わります。「コルビュジエの椅子」として出ているのか、「ペリアン単独の仕事」として出ているのか。Steph Simon版か、カッシーナ版か、来歴不明のものか。素材はクロームか、竹か、木か。
今日から観察すること:ペリアンの名前が付いた家具を見るとき、まずその作品が「三者共同制作期」のものか「自然素材・単独制作期」のものかを確認してください。どちらの時代の仕事かを知るだけで、その椅子の意味が変わります。













