1. 今日の対象
LC4シェーズロング(1928年設計、1965年カッシーナによる復刻開始)。
Vol.1でペリアンという人物と思想を整理しました。今日はLC4という具体的な一脚に集中します。市場でどう見極めるか、何を観察するべきか。「誰の名前で語られているか」という問いを、実物の観察に落とし込んでいきます。
2. なぜ今これを見るのか
LC4は現在も製造・販売が続く現行品です。同時に、カッシーナの初期生産品が二次市場に流通するセカンダリー品でもあります。さらに無ライセンスのリプロダクトが大量に存在します。この三層が混在する市場で、何を見ているのかを整理することが今日のテーマです。
そしてもう一つ。LC4の認証スタンプは2010年に大きく変わりました。その変化は単なる刻印のデザイン変更ではなく、ペリアンとジャンヌレの名前が正式に加わった瞬間でもありました。スタンプの変遷を知ることで、この椅子の評価の歴史が見えてきます。
3. LC4という椅子の構造を知る
「休息のための機械」
LC4は1928年、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンの三者によって設計されました。コルビュジエはこの椅子を「休養の為の機械(machine à repos)」と呼んでいます。
構造はシンプルです。4本脚の台座(ベース)、その上に乗るアーチ型の金属パイプフレーム(シェル)、そしてフレームの上に置かれるマットレス。シェルはベースに固定されておらず、ゴムストッパーによって任意の角度に設定できます。完全に水平に倒せば「寝るための椅子」、角度をつければ「座るための椅子」になる。この無段階の角度調整が、LC4の最も革新的な点です。
素材はクロームメッキのスチールチューブ。Vol.1でペリアンが前年に「バー・スー・ル・トワ」で追求した機械時代の美学——アルミニウム、ガラス、クロームメッキ——が、そのままこの椅子の素材選択に反映されています。
1965年——カッシーナによる復刻開始
1928年設計の初期個体、あるいはThonet Frèresなどによる初期生産品は市場にほとんど出ません。現在流通するLC4の大半は、カッシーナが1964年に権利を取得し1965年から生産を開始した正規品、あるいは無ライセンスのリプロダクトです。
カッシーナはLC4をはじめとするコルビュジエ作品の独占的製造ライセンスを取得し、「I Maestri(イ・マエストリ)」コレクションとして現在まで生産を続けています。
4. カッシーナのスタンプを読む
ここが今日の核心です。
スタンプの変遷
カッシーナのLC4には、製造年代によってスタンプの内容が異なります。
- 1965年〜(初期):製造番号を中心とした識別表示
- その後〜2009年頃:「Le Corbusier」の署名、I Maestriロゴ、製造番号
- 2010年頃〜(現行):既存の認証表示に加え、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンの署名を含む現行スタンプへ移行したとされる。なおカッシーナ公式では、2010年以降、LC2・LC3・LC4の金属フレームのベース側面にカッシーナの署名が追加されたことも説明されています。
2010年頃の変更は、「ル・コルビュジエの椅子」として刻印されていたLC4に、ジャンヌレとペリアンの署名が加わる流れと重なります。設計の評価が三者共同であることへの認識が、刻印の形にも反映されてきた変化として見ることができます。
スタンプの場所はヘッドレスト後方のクローム製チューブフレームの外側面が主な確認箇所ですが、2010年以降の個体では金属フレームのベース側面にカッシーナの署名が入る場合もあります。ヘッドレスト側とベース側の両方を確認することを勧めます。
製造番号の意味
スタンプに記された製造番号は、カッシーナの生産記録に対応しています。各個体には「アイデンティティカード」(生産証明書)が付属しており、製造番号と照合することで最終品質検査の記録が確認できます。このカードが残っているかどうかも、セカンダリー市場での評価に影響します。
5. 今の相場感
カッシーナ正規品(現行)
カッシーナ・イクスシーの公式サイトでは、LC4 Durableが¥1,150,000(税込¥1,265,000)〜、LC4 NOIRE Durableが¥1,210,000(税込¥1,331,000)〜で掲載されています。張地や仕様の選択によって価格は上がり、オンラインストア上では¥1,452,000の仕様も確認できます。限定仕様のLC4 60は¥1,870,000で掲載されています。受注生産品のため、納期に時間がかかることが多いです。
カッシーナ旧品(セカンダリー市場)
国内のセカンダリー市場では、状態・年代・仕様・アイデンティティカードの有無によって、20万円台から50万円台程度の流通例が確認できます。出品価格と落札価格は分けて見る必要があり、コンディションによる差も大きいです。
国際オークションでは、Wrightの2024年7月30日「Essential Design」に、c.1980のカッシーナ版LC4がestimate $1,500〜$2,000で出品され、result $4,410と記録された例があります。ただしコンディション・張地・来歴・販売地域によって価格差は大きく、単純な相場基準としては扱えません。
無ライセンスのリプロダクト
「LC4スタイル」「コルビュジエスタイル」と表記される無ライセンス品は、中古・廉価品では数万円台から、新品では10万円前後以上のものまで幅広く流通しています。カッシーナのスタンプ・製造番号がなく、素材・仕上げ・耐久性が正規品とは大きく異なります。形は似ていますが、市場価値も保有の文脈も全く別物です。
6. 何を観察するべきか
スタンプの場所と内容を確認する
まずヘッドレスト後方のクロームチューブ外側面を確認してください。I Maestriロゴ・作者署名・製造番号の有無を見ます。加えて2010年以降の個体では、金属フレームのベース側面にカッシーナの署名が入る場合があるため、ベース側の表示も合わせて確認することを勧めます。
アイデンティティカードの有無
製造番号と照合できるカッシーナの生産証明書。セカンダリー市場では失われていることが多いですが、残っていれば信頼性が高まります。出品者に確認することを勧めます。
クローム仕上げの質を見る
現行のカッシーナ正規品では、環境対応を含む品質管理の一環として三価クロムなどの仕様が採用されています。ただし年代の古い個体では仕様差があるため、メッキだけで真贋を判断するのではなく、刻印・製造番号・アイデンティティカード・接合部の仕上げを総合的に見る必要があります。リプロダクトのメッキは仕上げが粗く、年月が経つと変色・剥離が起きやすいです。
マットレスの素材と状態を確認する
カッシーナ正規品のマットレスはレザー・毛皮・キャンバス地から選択でき、素材の質が高い。セカンダリー市場では張り替えられているケースも多く、オリジナルのマットレスが残っているかどうかを確認することも重要です。
「誰の名前で説明されているか」を見る
出品説明や販売員の説明が「ル・コルビュジエのLC4」だけで終わっているか、「ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアン」と三者を明記しているかを確認してください。この違いは、情報源の質と、その個体の由来への理解の深さを反映しています。
7. コレクションとして持つ意味
高校生のとき、祖父からロレックスのオイスターパーペチュアルデイトをもらった。特別高価なものではなかったけれど、ずっと手放さなかった。売ろうと思ったことも、正直ある。でも手放せなかった。好きだったから。
LC4を持つ人に共通する話があります。「最初は形が美しいから買った。でも使っているうちに、この椅子が作られた文脈を知りたくなった。そうしたら、一脚の椅子の背後に三人の人間の協働と、評価の歴史と、スタンプが変わった瞬間があることを知った」という感覚です。
椅子として見るだけでなく、「誰が作ったと記録されているか」を知ることで、同じ形の椅子が違う物語を持ちはじめる。コレクションとして持つ意味は、その物語を引き受けることにあります。
8. まとめ
LC4を観察するための問いは、Vol.1から続く一本の線上にあります。
「このスタンプには、誰の名前が刻まれているか」
2010年頃以前の個体では、ル・コルビュジエ単独の署名や製造番号中心の認証表示が見られます。一方、2010年頃以降の現行仕様では、ル・コルビュジエ、ピエール・ジャンヌレ、シャルロット・ペリアンの三者の署名を含むスタンプへ移行したとされます。その差は単なる製造年の違いだけでなく、評価の歴史の変化を物理的に刻んだ痕跡として見ることができます。
今日から観察すること:セカンダリー市場でLC4を見るとき、まず「スタンプの場所(ヘッドレスト後方のクロームチューブ)」と「そこに三者の署名があるか」を確認してください。次に「アイデンティティカードが付属しているか」を出品者に確認する。この二つが、LC4を見る最初の目線になります。













