1. 今日の対象
コレクションマーケット全体。特定の品目ではなく、相場という空気そのものを今日は観察します。
コロナ禍から数年が経ちました。あの異常な熱狂——スニーカー、ヴィンテージ時計、トレーディングカード——すべてが同時に沸騰した時期を、皆さんはどう過ごしましたか。
買いそびれた方も、高値で手を出してしまった方も、静観していた方も、今この「静かな時期」に立っているのは同じです。
2. なぜ今これを見るのか
マーケットは今、売り圧が強い状態が続いています。
2020〜2022年にかけて、コレクションマーケットは前例のない過熱を見せました。外出制限による可処分時間の増加、給付金・投資余剰資金の流入、SNSによる情報拡散の加速、、、これらが重なり、従来のコレクター市場に「投機目的の新規参入者」が大量に流れ込みました。
その結果、何が起きたか。
値段が上がったのではありません。正確には「本来の買い手ではない人が、本来ではない値段でモノを持つ」という状態が大量に生まれたのです。
ブームが去ると、彼らは売ります。理由は単純で、好きで持ったわけではないから。値段が下がれば損切りし、横ばいが続けば飽きて売る。今市場に出回っている「売り」の相当部分は、この層からのものです。
これは、悪いことではありません。コレクション市場の自浄作用です。
3. 何が価値を作っているのか
コレクション市場で価値を作るのは、需要と供給の非対称性です。
供給は、基本的に増えません。ヴィンテージのモノは時間とともに減っていく。破損・紛失・廃棄、、、年率数パーセントずつ、世界中の個体数は静かに減り続けています。
需要側も、構造で見ることが大切です。ブームの時期に価格を押し上げた「投機的需要」は今抜けています。しかし「文化的・感情的需要」は消えていません。本当に好きな人だけが残り、その需要は静かですが持続します。
ただし、価値の作られ方にはもう一つの層があります。
市場の波とそもそも無縁の次元で作られたものです。ハイジュエリーと複雑機構が融合した作品、美術館に収蔵された作家の仕事、宗教的・公共的な文脈で選ばれ続けてきたもの、、、これらは、ブームが来ても去っても、静かに評価が続きます。
価格以外の文脈を持つものは、価格だけで動く市場の影響を受けにくいのです。
4. 今の相場感
ブーム後の市場を整理すると、大きく三つの層に分かれています。
① 下がらなかったもの
ハイエンドの作品群——ハイジュエリー、複雑機構、一次流通が限定された作品——は、そもそもブームの恩恵もほぼ受けず、調整局面でも値を崩しませんでした。
売り手も焦っていない。買い手も冷静です。これは「価格以外の文脈」を持つものの強さです。市場が静かな今、こうした作品がブームの頃より手の届きやすい水準で動いているケースも出てきています。互いに適正な判断ができる環境が整っています。
② 下がったが、すでに戻っているもの
ポケモンカードがその典型です。調整後、2024年以降すでに価格は戻り始め、初期カードを中心に再び上昇しています。PSA10の初期カードはP2P市場での成立価格が調整前の水準を超えているものも出てきています。
ポケモンというIPは現役です。ゲームもアニメも続いており、新しい世代が常に「原点」に戻ってきます。文化的需要が補充され続ける構造がある限り、価格はその構造に従います。調整期を経て価格が戻ったのは、偶然ではありません。
③ 調整中だが、歴史が答えを出しているもの
1950年代製造のヴィンテージ時計は、ブーム後の調整で一時的に値を下げました。しかしこれは「初めて起きたこと」ではありません。
製造から70年以上が経過したこれらのモデルは、1980年代の調整、2008年のリーマンショック後の下落、そのたびに価格は戻り、前の高値を更新してきました。現存個体数は毎年確実に減り、状態の良い個体はさらに少ない。需要の担い手は世代をまたいで補充されますが、供給は二度と増えません。この非対称性は、時間が経つほど拡大します。歴史はそれを繰り返し証明してきました。
5. 何を観察するべきか
この三層を見渡すと、観察の構造は共通しています。
「価格がどう動いたか」ではなく、「なぜその価格が維持され、あるいは戻ってきたのか」——その理由を読めるかどうかです。
具体的な観察軸を挙げます。
価格以外の文脈を持っているかを確認する 市場の外でも評価されているか。美術館・公共の場・専門家のコミュニティで語られているか。あるいは製造の次元そのものが、実用や量産とは異なる層にあるか。この問いに答えられるものは、投機的需要が抜けても底が崩れにくいです。
供給が本当に減り続けているかを確認する 時間とともに個体数が減るものかどうか。製造が終わっているか。状態の良い個体がどれだけ残っているか。需給の非対称性が時間軸で拡大するものを選んでください。
文化的需要が補充される構造があるかを見る 一世代で需要が終わらない構造があるか。新しい入口が今も存在しているか。IPが現役かどうか、あるいはそのカテゴリへの憧れが次の世代にも引き継がれているかを確認してください。
売り手が誰かを観察する P2P市場で、出品者の文脈を読んでください。本物のコレクターが手放しているのか、投機目的の人が手放しているのか——これが読めると、その売りの意味が変わります。
6. コレクションとして持つ意味
高校生のとき、祖父からロレックスのオイスターパーペチュアルデイトをもらった。特別高価なものではなかったけれど、ずっと手放さなかった。売ろうと思ったことも、正直ある。でも手放せなかった。好きだったから。
この感覚と、今の市場の話は、地続きです。
好きだから持ち続けられる。持ち続けられるから、時間が味方になる。時間が味方になるから、需給の非対称性が働く。
ブームの熱狂が去り、好きでもないのに持っていた人が売り圧をかけている今は、長く持てる人間にとって、保有を始めやすい環境が整ってきている時期でもあります。
下がらなかったものには、下がらなかった理由があります。戻ってきたものには、戻ってきた構造があります。調整中のものには、歴史が積み上げてきた答えがあります。
どの水準から入るかは、それぞれのノスタルジーと懐具合が決めることです。大切なのは、その理由を自分の言葉で説明できるかどうかです。それができれば、相場が動いても慌てずに持ち続けられます。
7. まとめ
ブームは市場を歪めます。そして去り際に、歪みを修正していきます。
今の市場には三つの層が並んでいます。価格を維持し続けたもの。調整を経てすでに戻ったもの。歴史が何度も同じ答えを出してきたもの。
どの層に向き合うにせよ、問いは同じです。
「なぜそれは、価値を持ち続けてきたのか」——その構造を理解しているか。
その解像度が、ノスタルジー投資の質を決めます。熱狂が去ったあとの市場が、一番正直です。
大城崇聡 / ノスタルジーコレクションクラブ Collection Bank 代表取締役
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