1. 今日の対象
ロレックス サブマリーナの第一・第二世代——Ref.6204、6205、6536です。
1953年から1959年頃まで製造された、このシリーズの源流にあたるモデル群です。現行のサブマリーナ(Ref.126610LN)と並べると、別の時計に見える。ケースの輪郭が違う。針の形が違う。文字盤の質感が違う。しかし、同じ名前を持っています。
今週からこのクラブでは「ロレックス サブマリーナ 年代別シリーズ」として、第一世代から現行モデルまでを順番に追っていきます。単なる歴史の整理ではありません。各世代が何を変え、何を残し、なぜ今の市場でその価格がついているのか。コレクターとして観察する視点を、世代ごとに丁寧に作っていくシリーズです。
2. なぜ今これを見るのか
「ヴィンテージロレックスは高い」という認識は広まりました。しかし、なぜ第一世代が別格なのかを理解している人は少ない。
現行のサブマリーナ(Ref.126610LN)の2026年正規店定価は168万円台。第一世代のRef.6204は、P2P市場で600万円前後から、Ref.6200に至っては資産評価額が2,000万円を超えるとも言われています。現行品の定価の10倍以上。
なぜ70年以上前の時計がそこまでの価格をつけるのか。その答えは「希少性」という一言では終わりません。時代の必然、技術の転換点、誰も知らなかった世界の地図——そういったものが一本の時計に宿っているから、コレクターはその価値を認めます。
3. 何が価値を作っているのか
1953年という時代
第二次世界大戦が終わって8年。世界は復興の中にありました。航空機による大陸間旅行が始まり、海洋探査が人類の新しいフロンティアになっていた時代です。
スクーバダイビングという行為が一般に広まったのも1950年代前半のことです。1943年にジャック=イヴ・クストーとエミール・ガニャンがアクアラングを発明し、ダイバーが自由に海中を動けるようになった。その技術が普及する中で、「海の中でも使える時計」への需要が生まれました。
ロレックスがサブマリーナを開発したのは、この時代の必然でした。すでに防水ケース「オイスター」を持っていたロレックスにとって、ダイバーズウォッチへの展開は技術の延長線上にあった。1953年、Ref.6204が生まれます。
謎が多いファーストモデル
サブマリーナは1953年に開発され、1954年にバーゼルフェアでリリースされました。実は正確な歴史がはっきりしていない謎のモデルでもあります。ほぼ同時期にブランパンの「フィフティ ファゾムス」が存在しており、「世界初のダイバーズウォッチ」については諸説あります。ただし、ダイバーズウォッチの基準——回転ベゼル、防水100m、夜光インデックス——を体系として確立し、その後のすべてのダイバーズウォッチの雛形を作ったのがサブマリーナであることは、時計史において広く認められています。
1954年のバーゼルフェアで回転ベゼルを搭載したRef.6204が公式発表されました。ファーストモデル候補には諸説あり、公式発表されたRef.6204が有力候補ではあるが、ほぼ同時期にRef.6200も製造・発売されていたという見方が強いです。
「謎が多い」という事実が、コレクターを惹きつける要素でもあります。完全に解明されていないモデルには、まだ発見の余地がある。個体ごとに異なる仕様の違いを発見したとき、その知識を持っているコレクターだけが価値を理解できる。
ペンシル針とセミバブルバック——第一世代の美学
Ref.6204は、1950年代の特徴でもあるサークルラインの入ったミラーダイヤルを備え、ペンシルタイプの長短針、先端にドットが付いた秒針を採用しています。
現行のサブマリーナが持つ「メルセデス針」(時針の先端がメルセデスベンツのスリーポインテッドスターに似た形)は、この時代にはまだありません。ペンシル針と呼ばれるシンプルな棒状の針が使われていた。
いずれもアンティークロレックスの防水ケースに見られる裏蓋のふくらみがあり、セミバブルバックとなっています。裏蓋が泡のように膨らんでいるのは、ムーブメントを収めるための技術的な必然でした。後の世代でこの膨らみは消えていく。だからこそ、セミバブルバックの個体には付加価値がつきます。
第二世代への移行——6536が変えたもの
Ref.6204後続モデルのRef.6205(1954年)は、Ref.6204よりわずかに厚いケースとわずかに大きいリューズを備えています。
そして1955年頃、Ref.6536が登場します。基本的な外見は第一世代と同じですが、ムーブメントは大きく進化しました。今までは片方向巻き上げ式でしたが、Cal.1030からはローターが左右どちらに回転してもゼンマイが巻き上がる両方向巻き上げ式となりました。これにより巻き上げ効率が格段にアップし、性能面で画期的な進化を遂げました。
外見はほとんど変わらない。でも中身が変わった。この「見えないところの進化」がロレックスの一貫したアプローチであり、各世代を比較するときに重要な観察ポイントになります。
また6536と6538の時代から、メルセデス針が使われ始めました。ペンシル針からメルセデス針への移行——これがサブマリーナのアイコニックな外観が固まっていくプロセスの一部です。
生産数と現存数
第一・第二世代の生産数は公式に発表されていません。しかし1950年代のロレックスは今とは比較にならない規模の生産体制であり、生産数は現行品より桁違いに少なかったことは確かです。
製造から70年以上が経過した今、これらの個体は使用・破損・紛失・部品交換によって原形を保った個体が急速に減っています。特にオリジナルのダイヤル・針・ベゼルインサートを保った「フルオリジナル」の個体は、市場への出現頻度が極めて低い。
4. 今の相場感
第一・第二世代は、P2P市場よりも国際オークションや専門店での取引が中心です。国内のヤフオクやフリマ市場にはほとんど出てきません。
Ref.6204 P2P市場での個人間売買の実勢価格は600万円前後から。フルオリジナルの状態が良い個体は一流オークションに出れば数千万円の取引事例があります。
Ref.6200 資産評価額が2,000万円を超えるとも言われています。ビッグクラウン(8mmリューズ)・200m防水という仕様の希少性、そして生産数の絶対的な少なさが価格の背景にあります。一流オークションでは世界的なコレクターが競い合う対象です。
Ref.6536 6204・6200と比べると流通量はやや多く、状態によって200万〜600万円前後の幅があります。メルセデス針への移行期という「過渡期の個体差」が、コレクターにとっての観察の面白さになっています。
5. 何を観察するべきか
ダイヤル表記の有無を確認する 初期の6204にはダイヤルに「SUBMARINER」の表記がない個体が存在します。ダイヤルの「SUBMARINER」のモデル表記の有無やケースサイド(12時側)の「BREVET」の刻印の横の「+」マーク刻印の有無、リューズの「+」マークの有無など、誕生初期はさまざまな試行錯誤が見られ、未だ謎が多いのもサブマリーナーの特徴です。この個体差を知っているかどうかが、コレクターとしての観察眼の差になります。
針の形を見る ペンシル針かメルセデス針か。どの世代でどちらが使われているかを把握しておくと、個体の年代と真正性を判断する基準になります。
裏蓋の形状を確認する セミバブルバックかフラットバックか。この違いが世代の判別に直結します。写真だけではわかりにくい場合もあるため、実物を見る機会があれば必ず確認すべきポイントです。
国際オークションの落札結果を定期的に見る Christie’s、Sotheby’s、Philipps——これらのオークションにはヴィンテージロレックスが定期的に出品されます。第一世代が出たときの落札価格と個体の状態を記録しておくことで、市場の水準感が身につきます。
6. コレクションとして持つ意味
高校生のとき、祖父からロレックスのオイスターパーペチュアルデイトをもらった。特別高価なものではなかったけれど、ずっと手放さなかった。売ろうと思ったことも、正直ある。でも手放せなかった。好きだったから。
第一世代のサブマリーナを手にした人間が、今の世界に何人いるのか。おそらく世界規模でも数百人から千人程度の話です。その人たちが持ち続けている限り、市場には出てこない。手放す理由がないからです。
「ダイバーズウォッチ」というカテゴリーが存在しなかった時代に、そのカテゴリーを作った時計。1953年の海洋探査の夢と、ロレックスのエンジニアたちの試行錯誤が、一本の時計の中に閉じ込められています。
コレクションとして持つ意味は、価格の話だけではありません。「何かが始まった瞬間」を所有するという感覚——それは、どんな現行品にも持てないものです。
7. まとめ
第一・第二世代のサブマリーナは、観察の対象として持つには現実的ではない価格水準にあります。しかし、知ることには意味があります。
この世代が何を持っていて、次の世代で何が変わったのかを理解することで、第三世代以降の個体を見る目が変わります。「なぜこの仕様がここで変わったのか」を知っているコレクターと知らないコレクターでは、P2P市場での判断速度がまったく違う。
来週は第三世代——Ref.5508と6538の時代に入ります。クラウンガードが生まれる直前、そしてジェームズ・ボンドが腕に巻いた時計の話です。
何を買うかより、何を知っているか。それがこのシリーズの出発点です。













