今週、らんま1/2のテレホンカードを数枚買いました。
キャラクターの絵柄が入った、未使用のもの。合計で1万円ちょっと。
届いたとき、しばらく眺めていました。「あ、これだ」という感覚がありました。その感覚を少し書き留めておきたくて、今日はコレクション日記として残します。
高橋留美子という存在
ぼくは高橋留美子先生の大ファンです。
らんまの単行本は全巻持っていました。うる星やつらも、めぞん一刻も読んでいました。当時の高橋留美子作品は、少年漫画という枠を超えて、ちょっとした文化圏みたいなものがありました。登場人物が多くて、関係性が複雑で、笑えて、たまにちゃんと泣かせてくる。あの感じは、今も他に代えがたいものがあります。
2024年に新作アニメが放映されたとき、SNSがざわつきました。40代・50代が一斉に反応していた。ぼくもその一人です。記憶が戻ってくる感覚というのは、説明がむずかしいのですが、確かにそこにある。
当たらなかった懸賞と、持てなかったテレカ
当時、アニメ雑誌の懸賞にめちゃくちゃ応募していました。
テレカが景品になっていることが多くて、はがきを何枚も書いて送っていた。でも、ほとんど当たらなかった。ていうか、ぼくの記憶では一度も当たらなかった気がします。
テレカというのは、公衆電話のプリペイドカードです。1980年代から2000年代前半にかけて日常的に使われていたもの。キャラクターが印刷されたグッズとして、アニメファンの間では定番の存在でした。
ただ、当時のぼくとテレカの関係は、少し複雑です。テレカ自体は使っていました。ポケベルを持っている友達に連絡するために、公衆電話から番号を打っていた。中学生のころの話です。高校に入るとPHSになって、それも終わりました。
つまり、テレカは実用品として使っていたけれど、キャラクターものを手元に置いていたことはなかった。懸賞で当てようとして、当たらなかった。だから「欲しかったけど、持てなかったもの」として記憶に残っています。
今、手元にある
それが今週、手元に届きました。
未使用のまま保存されていたらんまのテレカが、30年近い時間を越えて、ぼくのところに来た。懸賞で当てようとしていたあのころの自分が、どう思うかはわかりませんが、悪くない気分です。
テレカというジャンルとして、なぜ今注目しているのか、市場としてどんな構造があるのかという話は、明日の音声でもう少し掘り下げます。今日はただ、「買った」という事実と、そのときに感じたことを書いておきたかった。
コレクションとして持つ意味
高校生のとき、祖父からロレックスのオイスターパーペチュアルデイトをもらった。特別高価なものではなかったけれど、ずっと手放さなかった。売ろうと思ったことも、正直ある。でも手放せなかった。好きだったから。
らんまのテレカも、同じだと思っています。
「なぜ買ったのか」と聞かれたら、正直に言えば「好きだったから」です。1万円という金額は、高くない。でも「これを持っていたい」という気持ちは、値段とは別のところにあります。
当時手に入らなかったものが、今手元にある。それがどんな値段で動こうと、この感覚は変わらない。コレクションの起点は、いつもそこにあると思っています。
今週の記事を振り返って
今週は以下のテーマで書きました。
- 月曜(ファッション):チャンピオンのリバースウィーブ
- 火曜(時計/ジュエリー):エルメスのヘラクレス
- 水曜(アート):COCO144のストリートアート
- 木曜(インテリア):ピエール・ジャンヌレのイージーチェア
- 金曜(ホビー):ローガン・ポールが落札したジャンプ
気になった記事があれば、週末に読み返してみてください。来週も月曜から続きます。
大城崇聡|Collection Bank代表取締役 ノスタルジーコレクションクラブ主宰













